江戸太神楽について

始まりは平安時代と言われており、神社に伝わる「散楽」「放下芸」という曲芸がその源と考えられています。
『代神楽』が多くの人々の人気を集めたのは、江戸時代になってからでした。その頃、伊勢神宮は全国から大変熱心な信仰を集めており、一生に一度『お伊勢参り』をすることが庶民の願望でした。そうした信仰が高まるにつれ、伊勢神宮や熱田神宮から神官が江戸をはじめ、全国各地へと出張し神様に代わり各家々を周り、縁起物の『獅子舞い』を演じて、神社のお札を配り周りました。悪霊退散が本来の目的で門付を行なっておりました。
寛文九年(1669)には将軍家上覧の栄を賜り、山王・神田明神の天下祭りで先祓いの役を務め、四代将軍家綱のお墨付きで、苗字・帯刀を許され、寺社奉行の管轄にて徳川家御用達太神楽となり、江戸に本拠を移すことになりました。
八代将軍までは将軍家や大名屋敷をお祓い門付しておりましたが、八代将軍吉宗の命により一般庶民にもお祓い門付するようになり、江戸っ子達の好みに合わせて、『獅子舞い』はよりユーモラスな形に、『曲芸・茶番』は寄席芸化をして十三代続き、『江戸太神楽』が現代今日まで至り伝わっております。
江戸太神楽 鏡味家 略年表
初代・・・・近太夫
二代・・・近太夫
三代・・・鹿左衛門
四代・・・作右衛門
五代・・・権之進
六代・・・権之進
七代・・・権之進
八代・・・権之進
九代・・・権之進
十代・・・仙太郎
十一代・・小仙(初代)
十二代・・小仙(二代)
十三代・・小仙(三代)現・丸一仙翁
慶長2 1597 7/11 元祖・近太夫没
明暦3 1657 1/19 二代目・近太夫没
寛文4 1664 熱田大宮司の許可で三代目鹿左衛門 江戸へ出る
寛文9 1669 江戸城内にて四代将軍家綱の上覧の栄を賜る。山王権現・神田明神の祭礼の先払いの役を務める
元禄8 1695 2/17 三代・鹿左衛門没
享保12 1727 大岡越前守の仰出により山王祭での将軍の上覧の栄を賜る
享保19 1734 11/6四代・作右衛門没
1716〜36 熱田派、組合を組織する(支配頭は5代目権之進)
宝暦4 1754 7 月 太神楽の由緒を寺社奉行に提出
明和2 1765 4/19 五代・権之進没
安永6 1777 市村座にて「鞍馬獅子」初演
天明4 1784 12月 六代・権之進没
文政10 1827 6/24 七代・権之進没
弘化3 1846 1/11 『神楽諷雲井曲鞠』初演
文久2 1862 2/7 八代・権之進没
明治2 1869 2月 丸一太神楽欧州巡業
明治15 1882 十代目仙太郎海外進出開始
〜1900
明治39 1906 1/9 九代・権之進没
大正14 1925 十二代目小仙(7歳)、十一代目小仙の内弟子になる
昭和4 1929 10/3 十代・仙太郎没(71歳)
日本太神楽曲芸協会設立(初代会長十一代目小仙)
昭和22 1947 4/17 十一代・小仙没(52歳)
昭和23 1948 9月 十三代小仙(現・仙翁)(7歳)で十二代目・小仙の芸養子になる
昭和29 1954 三田・三井倶楽部において昭和天皇・今上天皇を始め全皇族方出席のもと御前公演(十二代小仙社中として)
昭和31 1956 十二代・小仙、太神楽曲芸協会の会長となる(昭和51年までの10期20年)
昭和55 1980 東京都無形民俗文化財指定
昭和56 1981 12/5 十二代・小仙没(63歳)
平成5 1993 11/28 二代・仙壽郎改め「江戸太神楽・十三代家元小仙襲名」
平成17 2005 十三代家元・鏡味小仙から丸一仙翁に襲名